かもめのジョナサン

傍らの何かを通したエッセイを。

ロボット・カミイ

 在職中、趣味を尋ねられて読書だと答えると怪訝な顔をされる事が多かった。こうしたことに限らず、彼らの価値観にそぐわない返答をすると途端に不機嫌になるから不思議である。しかしながら稀に同僚、或いは客の中から「子どもに本を読むようになって欲しい」と本人の意思を無視した願望を述べる人もいた。これに対してぼくは「お子さんが関心を持てる、或いは持てそうな本は御自宅にありますか」「お子さんが小さな頃に読み聞かせをしていたことはありますか」などと答えていた。すると、尋ねて来た人は少しばかり考えてから大抵、分からない、覚えていないと答える。


 子どもが書籍に関心を持たないのは、環境が原因である——とまでは言ってしまわないが、まずは一緒に書店や図書館に赴いて、本人が気に入った本を買うなり借りるなりするといいと、ぼくにしては至極真っ当な助言をする。それに頷く人も居るのだが、結構な割合で「どうせ漫画を欲しがる」だとか、しょうもないバイアスを披露するケースが珍しくない。自分が読ませたい本を子どもに読ませるのは強制であり矯正でしかないと講釈を垂れたいが、独身風情がと反感を買うだけなので機を見計らって話題を変えていた。

 

 ぼくの場合は、生まれながらに絵本や児童書が自宅に溢れていた。確かにそれも本が好きになった要因だろう。両親の性格や仕事、今も付き合いがある母の知人がほるぷ出版に勤めている方がいたことが理由だったそうだ。最初の子どもということもあってか、母親はぼくがまだ小さな頃によく絵本の読み聞かせをしてくれたのを覚えている。はらぺこあおむし、いないいないばあ、からすのパンやさん、さんびきのやぎのがらがらどん、ぐりとぐら。今となっては数えてはいないだろうが、きっと何十冊も読んでもらったのだろう。


 四歳になって、入園した幼稚園もまた読み聞かせに注力していたように思う。プロテスタント系の幼稚園だからだろう。幼児にも分かるように、ゆっくりと、繰り返し、平易な言葉で聖書の内容を説いていた。ノアの箱舟のような分かりやすい話だけでなく、善きサマリア人の話をしていたことも記憶しており、このたとえ話の意味もよく覚えている。しかし、どのようにしてこの話を、未就学の子どもに対して、その意味を伝えていたのかが今となっては不思議でしかない。そうしたきっかけがあったからなのか、あの頃に同じ幼稚園へ通っていた、今でも付き合いのある友人とぼくが互いにとってのサマリア人になったというのは面白いと思った。


話を戻そう。この幼稚園はミッション系でありながら、宗教色はそれほど強くなかった。秋に保護者の前で披露するオペレッタもたいてい、聖書とは無縁の作品であったし、普段も通園してから賛美歌を申し訳程度に歌って意味も分からない礼拝をしてからは、ほとんど泥遊びをして過ごしていた。それと、帰り際に必ずと言っていいほど読み聞かせがあった。そこでもまた聖書の教えを説くばかりではなかった。奇矯で素晴らしい幼稚園だと思う。


 ある日、読まれることになったのが、古田足日のロボット・カミイである。その日はいつもよりずいぶん早く読み聞かせが切り上げられてしまって、或いはそう思うほど没入していたのか、無性に続きが読みたいと思ったのを強烈に覚えている。十年待っている京極夏彦の鵺の碑の比ではない。帰宅してそうした気持ちを母親に話すと、その日かその次の日か、覚えていないがすぐに買ってきてくれた。読み聞かせは幼稚園でしてもらえるのだし、と自分で活字を追うことにした。それまでも自宅にある絵本は自分で読むことがあったが、この本は百ページ近くもあり、それなりに分厚い。けれども、そういったことは気にも止めずにあっという間に読み終えてしまった。
この読書体験がまさしくパラダイムシフトだったのだろう。書籍は読んでもらうものから読むものへと認知が変わり、以降、中学生まで貪るように本を読むきっかけである。ホームズも、クリスティも、モモも、後は有毒生物の知識もその間に摂取した。

 

 両親に感謝したいのは読書をする習慣を形成したことではなく、自身で良いものと悪いものを見分けられ、納得出来る感性を養ってくれたことである。
 確かに読書はそれ自体が楽しいし、本には素晴らしいものが多くあると思う。けれどもこれはぼくが小馬鹿にしたバイアスと本質的な部分は変わらない。本当に重要なのは形而下にあるものであり、媒体というのは入れ物に過ぎないということは覚えておくべきだろう。
 マンガだから、ゲームだからと外側だけ見て決めつけてしまうことは、即ちロボット・カミィをダンボールと言ってしまうようなものなのだから。

 

ロボット・カミイ (福音館創作童話シリーズ)

ロボット・カミイ (福音館創作童話シリーズ)